大きく時代が揺れ動くなかで、個人や組織のあり方について問い直す人も増えてきているのではないでしょうか。答えのない問いを持ち始めた人も多い時代だからこそ、「コーチング(*1)」に改めてスポットライトがあたるようになってきています。
組織運営の中で、コーチングを取り入れる会社も少しずつ増えているのではないでしょうか。今回お話を伺ったのは、株式会社はぐくむ代表取締役の小寺毅(こでら・たけし)さん。コンサルタント並びにプロフェッショナルコーチとして組織のOSシフトに関わり続けてきた小寺さんに、この時代における「コーチング」がもつ可能性と、「社内コーチ」という存在の意義についてお話いただきます。
*1: コーチングとは、相手の話に耳を傾け質問を重ねることにより、相手の潜在的にある想いや答えを引き出し、目標達成に向け行動変容を促すためのサポートです。
自律的な生き方へのいざない
ー小寺さんが考えるコーチングの定義を教えてください。
私の中の定義では、他律からより自律的な生き方へのシフトを支援していくことだと思っています。他律的な生き方というのは、「他の人がこう言っているから」「周りがそうしているから」といった他人軸に従った生き方です。それに対して自律的な生き方は「自分がどうしたいのか」を軸に人生を選択していくことです。
誰かが決めたゴールのためにコーチングを使うとなると、自律の方向には向かっていきにくくなります。日本におけるビジネスコーチングは、2000年代の始め頃に一度ブームが訪れたと思っていますが、その頃は会社が決めたゴールを達成するためのコーチングや、仕事の範囲の中でのコーチングが多かった印象です。
会社や上司が決めたものを起点にするのでもなく、また、会社の中の自分という限られた役割の中で考えるのではなく、もっと根本的に、自分自身は何者で、どう生きていきたいのかを根底から見つめなおし、歩んでいく時間が大切だと感じています。それが自律的な生き方をいざなうコーチングの大事なポイントだと考えています。
ー長年コーチングを続けて来られた背景には、小寺さんのどういった想いがあるのですか?
誰もが生きるよろこびをもっともっと感じられる世の中になったらいいなと願っています。一人一人、それぞれ持って生まれた才能や個性があって、その自分を生きるよろこびや、多様な人たちと、共に互いの才能を活かしあって生きれる世の中になったらいいなと思って活動してきました。
周りの顔色を伺ったり、世の中の正解らしきものを過度に気にして、そこからハズレないように一生懸命になる中で、だんだんと自分が分からなくなってしまうのは悲しいことだと感じています。
色んな生き方があっていいと思いますし、色んな物差しがあって、生きるよろこびを多面的に感じられる世界にしていきたいというのが、根源にある想いです。
それを実現していくためにコーチング的なアプローチで「本当はどう生きたいのか?」と自分を見つめていく環境があればいいなと思い、ご縁のある方々に関わらせて頂いています。
ー「生きるよろこびを多面的に感じられる世界にしたい」という価値観を持つに至った背景をお聞かせください。
小中学校の頃に、東西冷戦真っ只中の日本、ソ連、アメリカを渡り歩いたんです。日本で当たり前だったものがソ連にいくと非常識で、ソ連の当たり前はアメリカを始めとした西側諸国では非常識、というのを目の当たりにしてきました。
自分の当たり前や良いと思っていることが、環境が変わることで崩れる経験を何度もしたことで、正解や絶対的な答えは一つではないと思うようになったんです。
いろいろな当たり前があって、いろいろな文化やライフスタイルがあることを体感してきていますし、またそれらの当たり前やライフスタイルも、何かをきっかけに崩れて変化していくこともあります。
そうであれば、誰かの言う常識や、世間の当たり前を鵜呑みにして従属するのではなく、自分で考え、自分で決めていく主体性のある人生を歩んでいく方が人生を存分に味わえると思っています。
ー小寺さんがコーチングと関わり始めて20年近くが立つと思うのですが、2000年頃と比較すると、世の中はどのように変化したと感じていますか?
この20年で変わったことは本当に多いと思います。中でも、働き方や働くことに対する感覚は大きく変化したのではないでしょうか。
特に今年は新型コロナウィルスの影響もあり、多くの方々にとって働く環境や働き方が変化しているのを痛感している状況だと思います。リモートワーク、副業や複業、多拠点生活など、10年前や20年前では非常識だったことが、一部の人だけのものではなく、広がりを見せ始めていて、これからのニューノーマルになっていこうとしています。
終身雇用で、企業に定年まで勤めあげるという感覚を持っている学生は年々減っていますし、転職が当たり前になり、副業(複業)もどんどん解禁され、働く時間や場所も多様化する中で、自分はどんなことを仕事にしていきたいか、どう働いていきたいのかを考える個人が増えていると感じています。
それは企業に入れば安泰で、その企業の世界の中で守られ、”企業の人”でいるかぎり一定の生活が担保されていた時代から、より”個人”が問われる時代になってきたのだと思います。
企業に依存する生き方から、企業に囚われない個人としての軸を持った生き方へのシフトが起き始めているのだと思いますし、そうした自分が問われる時代の色が強まってきているからこそ、「自分が本当にしたいこと」をベースに働き方を考え、ライフデザインをしていくことが大事だと思います。
会社もそうした時代の流れの中で、従来の会社主体の管理統制型のマネジメント方法では行き詰まりを感じ始めていて、より時代にマッチしたマネジメントや経営のあり方を模索している段階にあります。その中に、ティール組織のような組織形態があったり、新しい組織のあり方を実現していく上で、社内コーチ制度が注目をどんどん浴び始めてくると考えています。
一人一人の「内なる声」が、コミュニティ形成を進める
ー最近では、社内にコーチを置いたり、社員が福利厚生としてコーチングを受けられる企業も少しずつ増えてきています。社内コーチが導入されることで、会社にどういった変化が起きると予想されますか?
社内コーチが導入されることで起こりうる変化は大きく2つのフェーズがあると思っています。1つ目のフェーズは、社内で一人一人の内なる声が聞かれることが増えるということです。
従来は、一部の声が強い人の意見ばかりが聞かれていましたし、その人たちの声に委ねて会社が動いていくことも多かったと思いますが、社内コーチの導入によってもっとメンバー一人一人の意見や主体性が育まれていきます。
フェーズ2では、その個人の内なる声が会社の中で流通して溶け込んでいきます。これによって会社全体で起きていることが自分ごと化しやすくなったり、内なる声に従って社内でコミュニティー形成が進んでいくのではないかと思っていますね。
ーフェーズ1の「内なる声を聞く」という点で1on1が注目を浴びていますが、社内コーチ的な関わりの大きな特徴は何なのでしょうか?
社内コーチの文脈では、コーチング的に内省が進むコミュニケーションがなされているかが重要になってきます。ただ上司と部下が会って業務的な話をしたり、「最近どう?」とざっくりとした投げかけでは、コミュニケーションを取ったとしても内省は進みにくいのではと思うんです。単にコミュニケーションをとることと、コーチング的なコミュニケーションの明確な違いを抑えておくことが大切です。
ーフェーズ2の「会社の中にいろんな人の声を流通させる」という点においては、社内コーチはどういった動きが期待されますか?
フェース2では、社内コーチはチームコーチであって欲しいと思っています。いわゆるコーチングだと、常に一対一のイメージかもしれませんが、フェーズ2ではチーム全体の場でファシリテーターとして、豊かな場を作ることが大切になってきます。これがうまく機能すると、個人の思いや考えがチームという”場”に流通し始めて、それまでは出てこなかったような視点や、思い浮かばなかったような何かが生まれてくることも多くなってくると思います。そうなってくると、どんどん”生きた”場になっていくのを感じ、チームが活気付いてくるはずです。
社内コーチの旗振りによって、点と点を繋げていく
ーチームコーチとして組織で対話の場を増やしていくことはハードルが高いように感じますが、どういった心持ちが大切になってくるのでしょうか?
まずは組織の中で「我々は、お互いに幸せになるために集まっている」という意識を分かち
あえるかどうかが大切になっていきます。
しかし、ビジネスの現場では、組織は課題解決のために人が集まるのだという前提が多く、その場合、お互いは業務を遂行するための存在でしかなく、目的達成に貢献しない人たちは存在価値がないよね、という意識に陥ってしまう可能性があります。
そうすると、お互いの人間としての人間性や、お互いの人生という広がりを捉えて感じあう感覚が乏しくなり、互いを機械的に扱いはじめてしまう危険性があります。それによって、本来、誰しもが持っている思いやりや分かちあいなどの人としての善の部分が抑制されて、自分の幸せしか考えられなくなることが起きてしまいます。
誰しも根底には、自分の幸せも他人の幸せも願いたいと思っているはずなのに、従来の世の中のシステムが、自分と他人の幸せを分断していると僕は感じています。
チームコーチが旗振り役となって、チームでの対話の場を作り、それぞれの思いや考え、背景などが語られ、互いがつながり、結ばれていくような「点と点を繋ぐ対話の機会」を文化として醸成していくことがとても大切だと思います。
ー対話の場を作っていくことに難しさを感じる組織も多いかと思いますが、どんな工夫が考えられますか?
まずは小さく始めることが大事だと思っています。いきなりチーム全員で集まるのではなく、コーチとメンバー2人の合計3人の対話から始めて、「これいいね」となったら徐々に人数を増やしていけばいいのではと思っています。そうすることでメンバーも対話の場に慣れて、全体の場での対話のハードルも下がっていくと思います。
ー社内コーチを会社に制度としての導入するハードルもあるのかなと思います。導入を考えている方々にむけて、メッセージをお願いします。
これもいきなり、社内コーチ制度はじめます!と、ドーンとやるのは簡単ではないと思います。ですので、共感してくれる人がいたらどんどん始められるところから小さく始めていきましょう、というのが僕の考えです。
自分たちができることを小さくアクションして進めていき、共感してくれる人が増え、一緒に携わってくれる人が増えていけば、会社も無視できなくなると思うんです。
制度が設けられないからスタートできないとなると、それこそ他律的な世界に陥ってしまうと思いますから、まずは小さく始めることをおすすめします。
また、そういったことを進めていく中で、切磋琢磨する仲間や経験のある師匠、共に学び合えるコミュニティーの3つが社内外にあればあるほど、一歩を積み重ねていきやすいと思いますので、そういった存在も求め探しながら進んでいっていただければと思っています。
そして、様々な会社やコミュニティーに所属する人たちが、それぞれの現場での実践をシェアしながら共に高め合っていくことで、一人一人の思いや人生を大切にしながら協働していくチームが増えていくを願っています。
インタビュー:荒井智子
ライティング:宇田川寛和
大きく時代が揺れ動く中で、チームコーチも担う社内コーチの必要性を強く感じました。私自身も社内コーチとして活動をしていますが、社内コーチに関わる方々と切磋琢磨するコミュニテイがつくっていくことにとてもワクワクを感じています!