創業して間もないスタートアップやベンチャー企業は、広報PRに注力するリソースがなく、後回しになってしまうことも多いのではないでしょうか。
しかし、株式会社ベンチャー広報の代表取締役 野澤直人(のざわ なおひと)さんは「スタートアップやベンチャー企業こそ、広報PRが必要である」と語ります。
今回は、スタートアップやベンチャー企業が広報PR活動に取り組むことで得られるメリットや、広報PRを成功させるためのコツを野澤さんにお聞きしました。
※ベンチャー広報で運営するYoutubeチャンネル「広報PRラボ」の動画も、インタビューと同時にご紹介しています。「スタートアップの広報についてさらに学びたい」とお考えの方は、ぜひ動画をご覧ください。
野澤 直人
株式会社ガイアックス執行役兼取締役・株式会社ベンチャー広報代表取締役
大学卒業後、経営情報サービス会社に入社。マスコミ業界に転じ、ビジネス誌の編集責任者としてベンチャー経営者500人以上を取材。その後、当時無名だった海外留学関連のベンチャー企業に参画し、広報部門をゼロから立ち上げ毎年100~140件のマスコミ露出を実現。5年で売上10倍という同社の急成長に貢献する。2010年に日本では珍しいベンチャー企業・スタートアップ専門のPR会社として株式会社ベンチャー広報を創業。以来10年間でクライアント企業は400社を超える。『【小さな会社】逆襲の広報PR術』(すばる舎)著者。2014年より株式会社ガイアックスの執行役に就任。
スタートアップにおける広報PRの役割とは?
「〇〇といえばこの会社」。ブランド力を高めることで経営を有利にする
ーースタートアップやベンチャー企業の広報PRにはどのような役割がありますか?
野澤 スタートアップの広報PR担当者に求められる大切な役割は、「マスコミからの取材を獲得して、お金をかけずに会社を宣伝すること」です。
大企業(特に上場しているような有名企業)の場合は、何もしなくてもマスコミから取材依頼が来ます。加えて、資金にゆとりがあるため、そもそも広報PRに頼らなくても広告で認知を高めることが可能です。
しかし、スタートアップの場合は、広告に予算をそこまでかけられないので、いかにお金をかけずにメディアに露出するかが重要になります。
ーー広報PRとは、何を目指すものなのでしょうか?
野澤 広報が目指すゴールとしてわかりやすいのは、「〇〇といえばこの会社」を世の中に印象づけることだと考えています。
たとえば、以前に僕が広報担当を務めていた留学斡旋会社「L社」では、「海外留学といえばL 社」の認知を取ることを広報の目的としていました。
「海外留学」の代名詞的な存在になることで会社のブランド力が高まり、結果として売上が上がったり、求める人材が採用しやすくなるなど、経営面でさまざまなメリットがあると実感しています。
「世間からの信用」こそ、スタートアップを急成長させる鍵
ーースタートアップが広報PRを行うことでどのようなメリットが得られますか?
野澤 究極のメリットは、「信用力が得られること」だと思います。スタートアップは信用力がないために銀行から融資を受けられなかったり、人材が採用できなかったり、商品やサービスを利用してもらえないことがありますよね。
しかし、信用力は一朝一夕で得られるものではありません。世のなかの多くの人から信用を得る大企業でも、何十年も地道にビジネスへ取り組み、徐々に信用力を高めてきたはずです。
とはいえ、すぐにでも売上を立てたいスタートアップやベンチャー企業では、そんな悠長なことは言っていられません。そこで、効率的に信用力を高めてくれるのが広報PRなのです。
テレビや雑誌、新聞などのマスコミに報道されることは、「この会社はいい会社ですよ」とお墨付きをもらうようなもの。信頼できる第三者に報道してもらうことで、会社の信用力向上に大きな効果が期待できます。
小さな会社にとって、戦略的な広報は強力な「武器」になるのです。
広報の力で大きく成長したスタートアップの事例
「5年で売上2億→20億に急成長」。広報の力に気づいた原体験
ーー広報PRの力でスタートアップが大きく成長した事例には、どのようなものがありますか?
野澤 2社ありまして、1社目は前述したL社です。
私が入社した当時は、創業3年目で従業員数が約20名、売上高2億円程度の規模でした。その企業では、不特定多数のマスコミ関係者にプレスリリースを送るのではなく、自社に興味を持つ可能性のあるメディアリストを作成し、直接会って情報提供することで徐々に取材を獲得する戦略を実行しました。
その結果、入社翌年には年間100件以上のマスコミ取材を獲得し、入社して5年のうちに従業員数は約200名、売上は2億から10倍の20億に急成長したのです。
小さな企業でもマスコミに取材してもらうことで、大きく成長することができる。このときの経験から、「ベンチャー企業こそ広報が重要」だと気がつきました。
創業当初から広報PRに取り組み、誰もが知る商品に。完全栄養食「BASE FOOD®︎」の事例
野澤 もう1つ、完全栄養食の開発・販売を手がける「ベースフード株式会社」の事例を紹介します。
L社を退職した後の2010年に、私は「株式会社ベンチャー広報」を創業しました。ベンチャー企業やスタートアップに特化したPR会社は日本では珍しく、その役割を担う会社は弊社しかありません。
2016年4月に創業したベースフードでは、2017年2月に第1弾の商品が発売されたときからベンチャー広報にて広報PR戦略を支援してきました。
創業から間もない時期で予算が限られるなかでしたが、マスコミ向けに商品のお披露目会を開催し、認知拡大につなげることができました。その後も多くのメディアで取り上げていただき、いまではコンビニでも商品を見るようになりましたね。
商品価値を突き詰めた上で、広報の力で事業成長を加速させた好事例です。
「広報を使って会社を急成長させる方法」について解説した動画はこちら
スタートアップが押さえるべき“広報PR実務のツボ”
創業初期こそ、「プレスリリースに頼らない」。スタートアップの広報PRは、“直接営業”が命
ーースタートアップが広報PRを成功させるには、どのような点に気をつけるとよいでしょうか?
野澤 「プレスリリースはあくまでも手段の1つ」と考えておくのがおすすめです。スタートアップがやりがちなパターンとして、プレスリリースの一斉配信がありますが、配信をするだけでメディアから取材が来るのを待つのは、“受け身の姿勢”ですよね。
大企業であれば受け身でもある程度の取材が獲得できますが、無名のスタートアップはなかなか取材してもらえません。なので、スタートアップの広報PRには、メディアの方々と直接コンタクトを取り、関係性を構築し、取材したくなるように説得するプロセスが不可欠です。
待っていても取材は来ないので、ぜひ“攻めの姿勢”で自分から積極的にメディアへ情報提供することを心がけましょう。
目指すは「愛される広報」。社内の協力体制なくして成果は出せない
野澤 また、広報PRを成功させるには「社内理解」が欠かせません。広報PR担当者は、社長や社員にインタビュー取材を受けてもらったり、取材用に商品を貸し出してもらうなど、社内の人に依頼する場面が数多くあります。しかし、マスコミの取材対応は広報PR担当者以外の社員にとっては面倒な仕事だと思われがちです。スムーズに仕事を進めるためにも、社内で広報PRに協力的な体制を構築しておけるとベターです。
たとえば、全社員が集まる会議やイベント、幹部会議や社内報を活用して広報PRの重要性をトップから発信してもらう取り組みも効果的でしょう。
それ以外にも、普段から広報PR担当者は現場の社員とコミュニケーションをとり、「〇〇さんの頼みなら断れないな」と言ってもらえる信頼関係を築いておくことが大切です。
「広報が社内理解を得るためのコツ」について解説した動画はこちら
スタートアップのフェーズに合わせた広報PRのポイント
広報PRに取り組むなら、“シード期”から。事業ステージ別に考える、「PR会社の上手な活用法」
ーースタートアップのフェーズに合わせた広報PRのポイントは、どのようなものがありますか?
野澤 シード期の広報PRは、基本的にはPR会社に外注することをおすすめします。先ほどのベースフード株式会社のように、経営者が広報PRに価値を見出し、創業して間もなく広報PRに取り組んで急成長した会社は少なくありません。
これまでご支援するなかで、そうした事例を複数見てきたことから、「広報PRに取り組むなら早い方がいい」と考えています。しかし、シード期は人数も少なく広報PRにリソースを割くのは簡単ではないですよね。
そこで、シード期は外注して、アーリー期・ミドル期などの徐々に会社が大きくなるフェーズに入った段階から内製化(自社で行うこと)することをおすすめしています。その後のフェーズでは、会社の規模が大きくなればなるほど取材依頼が増えるので、業務が逼迫しやすくなっていきます。
その段階では、広報PRのコアな部分を社内担当者が担いつつ、実務部分を外注するように意識していく必要が出てくるでしょう。
広報PR担当者に必須のスキルセットは「“足”と“手”と“頭”」
ーー広報PRを内製化する際の、人選のポイントをお聞かせください。
野澤 広報PRにはさまざまな能力が求められます。プレスリリースを書くライティング能力、マスコミの人と関係構築するコミュニケーション能力、PR戦略の立案能力。これら“足”と“手”と“頭”の3つを兼ね備えている人を担当者にアサインできる形がベストですね。
とはいえ、すべてを兼ね備えている人はなかなかいません。そこで、スキルに優先順位をつけるとすると、第一にコミュニケーション能力が、第二にライティング能力が重要になります。
ほか2つと比べ、戦略立案能力は経験を積むことで伸びやすいので、まずはこの2つの素地がある方に担当者をお願いすることをおすすめしています。
「広報担当者に必要な3つの能力」について解説した動画はこちら
ーースタートアップで広報PR担当者にアサインされた人は、まず何からはじめたらよいでしょうか?
野澤 「自分の会社についてよく知ること」ですね。広報PRを成功させる上で、マスコミ関係者とつながり、自分から積極的に会社の情報を提供することが極めて重要です。
しかし、人に伝えるためには、まず自分自身が会社の内容や魅力について知っておく必要があります。自社の商品やサービス、社長の考え方や働いている人などの社内情報を知り、その上でマスコミ向けにどのように情報提供するかを考えていく姿勢が欠かせません。
最初は努力が必要ですし、スタートアップがマスコミの取材を獲得すること自体も簡単ではありませんが、その分取材を獲得できたときの影響力や達成感は大きいです。
広報PRで成果を出せば出すほど会社の成長を肌で実感できるので、担当者としてのやりがいも感じやすいと思います。
「広報担当者が社内で最初にやるべきこと」について解説した動画はこちら
「スタートアップの広報PR力」を底上げしたい。ベンチャー広報がノウハウを明かす理由
ゼロから試行錯誤する広報PR担当者に、ノウハウを役立ててもらいたい
ーーベンチャー広報では、YouTubeやブログを通じて広報PRの情報発信をされていますが、なぜノウハウを公開するのでしょうか?
野澤 理由は2つあります。1つは、社会貢献的な意味合いです。ベンチャー広報を立ち上げて12年になりますが、マスコミの方から「スタートアップの広報は大企業と比べてレベルが低い」と言われることがあります。
スタートアップの広報PR担当者は、ゼロから手探りで広報PR活動をすることが多いため、マスコミの方とコミュニケーションをとるなかで見当違いのことを言ってしまったり、お作法的にNGなことをしてしまうのも仕方がないと思います。
ですが、書店を見ても、大企業の広報に関しては多くの情報がありますが、スタートアップの広報に関するノウハウは少ないんですよね。こうした背景から、YouTubeやブログでノウハウを公開することで、多くの方に学んでいただき、スタートアップの広報PR力を底上げしたいと考えています。
もう1つの理由は、自社PRのためです。情報発信をすることで、ベンチャー広報に深い知見があることを知っていただき、より多くの方にベンチャー広報の存在を知っていただけると嬉しいです。
スタートアップ向けに広報PRのノウハウを紹介した本(『【小さな会社】 逆襲の広報PR術』)の出版を皮切りに、ブログ(広報PRラボ)やYouTubeなどを通じて、これからも広報PRの実務担当者に役立つ情報を発信していけたらと考えています。
ベンチャーの広報ノウハウを学ぶなら「広報PRラボ」
ーー最後に、野澤さん自ら発信者となって運営しているYouTubeチャンネル「広報PRラボ」では、どのようなノウハウが身につくのでしょうか?
野澤 「広報PRラボ」では、ベンチャーの広報PRに関する初心者向けのノウハウを発信しています。「ひとり広報の悩みベスト3」や「最速で一人前の広報になる方法」など、現在も40以上の動画があり、これからも毎週1本づつ更新をしていく予定です。
「ベンチャーで広報を担当することになったけれど何をしたらいいかわからない」「スタートアップの広報でもっと成果を上げたい」。「広報PRラボ」では、そのような方が各テーマに沿ってノウハウを学べる動画を1本10分程度でご紹介しています。広報としてどう取り組んだらいいのか分からなくなったとき、まずは「広報PRラボ」のYoutubeチャンネルを覗いてみるのはいかがでしょうか。
インタビュー:遠藤桂視子、黒岩麻衣
ライティング:黒岩麻衣
編集:ヤマグチタツヤ