DX(デジタルトランスフォーメーション)の波は民間企業だけでなく、自治体や行政の領域にも押し寄せている。
一方で、行政手続きのオンライン化を「本人確認」の視点から支援する株式会社TRUSTDOCKからは「昨今の自治体DXは、今になってはじまったことではない」と見えているようだ。詳細を解説するために、行政手続きのオンライン化や、自治体のDX支援をする担当者を招いた。
テーマは自治体DXと「IT国家戦略」の関連性から、自治体職員と住民の生活の質を上げる「本人確認のオンライン化」へつながった。さらに話は、マイナンバーカードなどの公的身分証とTRUSTDOCKが発行するデジタル身分証アプリはどういった関係を結ぶかまで及ぶ。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、新型コロナウイルス)で一気に進んだかに見える自治体DXの議論を、再整理するきっかけになればと思う。
(2021年2月末インタビュー)
神谷英亮(かみやえいすけ)
株式会社TRUSTDOCK Public Affairs担当
読売新聞東京本社販売局に勤務した後、国家公務員試験受験のために退職。2006年4月法務省に入省。再犯防止施策を中心とする政策の企画立案のほか、省内全体の法令審査、閣議案件の調整などを担当。2017年には内閣官房に出向し、サイバーセキュリティ基本法改正を企画から法律制定に至るまで主導した。2020年11月刑事局勤務を最後に法務省を退職。
同年12月、TRUSTDOCKにPublic Affairs担当として入社。国の行政機関、国会議員等とも協働しながら、特定の業界や利益を超えて広く生活者の暮らしを向上させる「未来志向のルール形成」を目指している。
葛巻美央(くずまきみお)
株式会社TRUSTDOCK 自治体担当
小学校の教員としてキャリアをスタートさせた後に、株式会社リクルートキャリアにて採用広告媒体の法人営業を経験する。徹底した事実収集(企業研究、採用情報)をベースにした提案活動の結果、通期社あたりの単価アップを実現した。
その後、AIやIoTを用いた保育関連サービス企業のCSオペレーター管理・研修構築、事業企画担当として複数のプロジェクトの企画設計・推進を担当。前例のない状況から仮説検証と社内の巻き込みを繰り返すことで、3Q連続目標売上達成を牽引した。
2020年10月にTRUSTDOCKの自治体担当として入社。自治体の目的、戦略の立案から自治体の実証実験や企業との協業案件の推進まで担当する。また、社内のエンジニアやセールスメンバーと連携し、実証実験への応募のための資料作成や、地方自治体との情報交換の場の設計も行い、デジタル身分証アプリの社会インフラ化を進めている。
自治体DXはいまはじまったものではない。「e-Japan戦略」から始まる一連の流れの延長線上に位置付けられている
――2020年12月に総務省が「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を発表したりと、行政手続きのオンライン化の議論が活発になっています。どういった背景があるのでしょうか?
神谷:ここは整理が必要です。自治体のDXの流れは近年になって急にはじまったものではありません。「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」や「デジタル・ガバメント実行計画」などの推進の取り組みは、2000年に成立した「※IT基本法」に基づき策定された「e-Japan戦略」から始まる一連の流れの延長線に位置するものです。
※IT基本法:「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」の通称。高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策を迅速かつ重点的に推進すること」を目的に定められた
葛巻:確かに新型コロナウイルスをきっかけに世間からの注目が一気に高まりましたが、それ以前から自治体のDXは進んでいましたね。これまでデジタル・ガバメントの取り組みによって解決を目指してきた課題が、「新型コロナウイルスの拡大をきっかけに一気に表面化した」が正確な理解です。
神谷:例えば新型コロナウイルスへの対応として、雇用調整助成金や特別定額交付金などの支給手続の件で、多くの人が自治体DXの必要性を実感することになりましたね。
――自治体DXは、社会全体の課題として認識されたことで注目を増したんですね。
葛巻:実際に行政のDX化のスピードも一気に速くなりました。例えば、長年検討され続けてきた書面・押印・対面の見直し方針が短期間で策定されました。
神谷:民から官への申請手続などについては、内閣府規制改革推進会議が主導しています。2021年2月に閣議決定された「デジタル社会形成基本法案」などのデジタル改革関連法案の動向にも注目しなければなりません。法案が成立し、「デジタル庁」が設置されれば、行政手続きのオンライン化は更に加速していきますし、自治体DXの推進の内容やスピードに大きく影響を与えます。
葛巻:デジタル庁には、これまでの縦割り行政を打ち破って、デジタル社会を形成していくための司令塔としての役割が期待されています。ビジョンは「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」であり、情報システムの標準化・共通化などを進めていますね。
――こうして国と自治体のDX状況を概観すると、社会全体の大きな動きとなっていることがわかります。
神谷:ビジョン達成のためには、国と自治体の連携が必須です。大きな枠組みは国が主導しつつも、住民に身近な行政サービスを提供する地方自治体、特に市区町村の役割は極めて重要です。自治体全体として、地域住民の方々の声に引き続き耳を傾けながら、デジタル社会の構築に向けた取組の足並みを揃えていく必要があります。
私たちは常にデジタル社会のビジョンを意識しながら、自治体の皆様とともに自治体DXのに取り組んでいきたいです。
「本人確認のオンライン完結」が、自治体と住民の生活の質を向上させる
――自治体のDXや行政手続きのオンライン化は、バズワードとして短期的に消費されているものではないとわかりました。その中でTRUSTDOCKが進めている「オンラインでの本人確認(eKYC)の整備」は、行政手続きのオンライン化にどういった影響を持つのでしょうか?
※eKYC(Electronic Know Your Customer)とは:銀行口座や暗号資産取引の口座を開設するとき等に必要となる“本人確認手続き”をオンラインで行う仕組みの総称
葛巻:ここも整理が必要です。行政手続きには住民票の交付のように「本人確認」が必須とされている、もしくは慣習として「本人確認」を行なってきたものが多いです。そのため、行政手続きのオンライン化を進める上で、本人確認もオンラインできるように対応しなければ、そもそもオンライン上で行政手続きが進められないのです。
神谷:「自治体のDX」を進める上で本人確認のオンライン化はとても重要な要素ですよね。
葛巻:そうなんです。本人確認をオンライン上で完了できるようにしないと、自治体職員と住民の双方が負担を強いられてしまいます。だから多くの自治体で、早急にeKYCを整備する必要があると考えられています。
神谷:eKYCを整備することで得られるメリットは行政側にも住民側にも多岐に渡ります。例えば行政側には業務効率に直結しますし、住民にとっては、窓口へ赴かずに手続きを済ませられるようになります。自治体情報のオープン化と相まって、情報へのアクセス、その利活用が進むことも期待できます。
葛巻:自治体へアクセスしやすくなると、制度としては構築されながらも、あまり活用されてこなかった手続きが使いやすくなることも考えられますね。また、住民票の登録や児童手当などの申請が、円滑・迅速にできるようになります。スマホを持っていないひとへの対応や、アプリのUI・UXの改善はこれからも進んでいく領域ですが、スマホが使える点では初期投資も必要ありません。操作にもある程度慣れているので、導入はスムーズだと考えられます。
――反対に、eKYCを整備しないことでのデメリットは、メリットを享受できないこと以外に何が考えられるのでしょうか?
神谷:「本人確認」は行政手続きを進めるために必須の工程です。つまり、本人確認をオンライン化しないことは、多くの自治体が掲げる自治体DXや、行政手続きのオンライン化の取り組みが止まってしまうことを意味します。
――「自治体DXが実現できなくなることそのものが負のインパクト」とも言えそうですね。
葛巻:そうですね。必須の手続きである「本人確認」をオンライン化することで、住民と日頃の行政サービス・非常時の行政サービスの距離を近づけることができるようになります。
公的個人認証を積極的に推進しつつ、生活者が「個人認証の方法を選べる状態」を目指している
――TRUSTDOCKは「デジタル身分証アプリ・TRUSTDOCK」を提供しています。一方でマイナンバーカードなど、国が発行している公的身分証もあります。どういった関係を築いていく計画でしょうか?
神谷:マイナンバーカードによる公的個人認証は利便性が高く、eKYCの手法の中でも信頼性の高い手法とされているので、弊社もその普及に積極的に取り組んでいます。「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」の重点事項の中でも、子育てや介護などの31手続は、2022年度末までに住民がマイナポータルからマイナンバーカードを用いて手続を行うことができるようになる予定とされています。
――対象の手続きについては、どんな方針になるのでしょうか?
神谷:対象の手続については、政府はマイナンバーカードによる公的個人認証による手法(犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)でいうところの「ワ」)に統一していく方針を打ち出しています。政府の主導により公的個人認証の普及はこれからも進んでいくでしょう。eKYC全体を知るTRUSTDOCKは、公的個人認証をはじめとするeKYCの普及拡大をサポートする役割を担えると考えています。
葛巻:他方で、住民の中には「これまでの手続は運転免許証で済ませてきたので当面は運転免許証で対応したい」と考えるひともいます。行政の中でこうした声に日々直接触れているのが自治体の職員の方々です。住民にとってはひとつしか選択肢がないよりも、選べる状態の方が望ましいはずです。この「選べる状況」が住民と行政サービスを、より密接につないでいくはずです。
神谷:そうですね。さらに、身分証を選ぶ際にも使えて、身分証そのものにもなる「デジタル身分証アプリ」があれば、住民にとってとても便利ではないでしょうか。そうしたアプリを使う人が増えればマイナンバーカードもより身近なものになると考えています。
――住民の声は多様ですよね。
神谷:地域住民の多様化が進む地域は少なくないと思います。例えば、在留外国人の方々にとって、入国管理局にも行って、市町村の窓口にも行って手続に苦労するより、在留カードをアプリの中に入れて自国の言語で直感的に適切な手続を終えることができれば本人にとっても自治体の方々にとってもハッピーなeKYCになる。そうした思いで将来的に身分証アプリを展開していきたいです。
葛巻:そうですね。アプリがあれば、万が一震災や自然災害のような事態が起きてしまっても、本人確認が円滑に進められて、行政手続や社会生活の復旧を早められるはずです。
自治体の方々と話していると、そうしたニーズが強いことを実感します。今後も各自治体の担当者の方に並走させていただき、それぞれの事情を持つ自治体のお役に立てる部分を一緒に模索していきます。
「e-Japan戦略」から始まり、今やデジタル社会の構築のための重要な取組に位置付けられる自治体DXは、今後も議論が進んでいくはずです。その中では、国が主導しつつも市区町村の役割はますます大きくなります。
TRUSTDOCKは行政手続きのオンライン化、eKYCの見地から自治体DXを進めるための有益な情報をこれからも発信します。行政と住民の距離を近づけることに、お役立ちできれば幸いです。
今回の記事を補完するコラムを用意しました。下記のリンクをご参照いただければと思います。
行政・自治体のデジタルトランスフォーメーション
行政DXとは?国内行政デジタル化の経緯や事例、データの重要性、本人確認への応用などを徹底解説しています。