業績を向上させながらも、社員が心身ともに健康であることが求められる今。ヘルスケアコーチングというユニークな取り組みで、健康を切り口に、社員へコーチング(*1)を実施されたセブンリッチ会計事務所の早川さんに、導入のきっかけと、今の時代における社内コーチの役割についてお話しいただきました。
*1: コーチングとは、相手の話に耳を傾け質問を重ねることにより、相手の潜在的にある想いや答えを引き出し、目標達成に向け行動変容を促すためのサポートです。
コミュニケーションの難しさから、コーチングに興味を持つ
ー アスリートだったという早川さん。ご経歴と、コーチングに出会ったきっかけについてお聞かせください。
ずっとスポーツが好きで、アスリートをしていたのですが、ある時、ケガをしました。そんな時に、自分を身近で支えてくれていたトレーナーさんの存在に気づき、そこからトレーナーに転身しました。
トレーナーとしてのご縁にも恵まれ、日本を代表する指導者の元で活動することになりました。そんなチームに所属するアスリートもいわゆるトップアスリート。お互いに主張があるのですがうまく噛み合わないことがあり、トレーナーという立場から、コミュニケーションの難しさを感じていました。そこでコーチングというものに興味を持ち始め、独学で学び始めたのが最初のきっかけでした。
ー トレーナー時代にコーチングに興味を持ち始めたということですが、ご自身とコーチングの距離が近づいたきっかけは何だったのでしょうか?
フルタイムでチームに帯同するトレーナーを5年続けましたが、基本は選手よりも早く起きて、夜は選手よりも遅く寝るという生活でした。
そこから自分の仕事の幅を広げようと、治療ができるようになるために国家資格である鍼灸師の勉強を始めました。3年間、昼間はパーソナルトレーナーとして働き、夜は社会人学生として学校に通って資格を取得しました。
資格を取得してからは、一旦パーソナルトレーナーという仕事を手放し、鍼を専門にしている鍼灸でビジネスを学びたいと思い、不妊治療を扱う鍼灸に転職しました。
そもそも鍼灸では対話をしながら施術することが大事にされているのですが、不妊治療というものは、さらに自分が想像をしていたよりも繊細なコミュニケーションが求められる場所でした。そのときに、トレーナー時代に勉強していたコーチングを思い出し、コーチングというものの輪郭がはっきりしてきたような感覚がありました。
健康の専門家がいるのに、他部署は不健康という構図
ー そこから、コーチングをどのように活かされていったのでしょうか?
2年前に、トレーナー仲間から「会計事務所の新規事業で、ジムを立ち上げるから一緒にやらないか?」という声がかかり、自分の特性を活かせると思い、転職しました。
入社して新規事業の立ち上げをしていたのですが、それと同時に他部署から健康に関する相談が定期的に入ってくる、という状態が続きました。一部署では健康を考えて事業を立ち上げているのに、他部署は不健康、という構図だったんです。グループ内の身近なところに専門家がいるのに、力になれていないことにもどかしさを感じ、自分の強みは健康に関する知識を持っていることだし、コーチングを深めていきたいと思っていたので、アクセルがかかった瞬間でした。そこから、本格的にコーチ養成機関のCTIジャパンでコーチングを学びました。
ー 当時の会社の状況はどんな状態だったのでしょうか?
その当時、会社もいわゆる成長段階のベンチャーで、人が少ないのに業務量が多い、という状況でした。今では状況が改善しましたが、当時、確定申告時期など繁忙期には業務量がどうしても増えてしまうこともあり、その分、健康面の相談も多くなりました。遅刻や欠勤などもあり、いつ休職する人が出てもおかしくないという状態でしたが、人事も初めてのことで休職させる基準が分からない、そんな状態でした。
そこで、一旦立ち止まる時間が必要だと感じ、健康相談を制度としてやっていきましょうと会社に提案しました。
ー 会社もすんなりと受け入れてくれたんですか?
そうですね。当時の会社の状況とは、健康相談やコーチングを社内制度にするという点において、追い風になっていたと思います。また弊社代表が健康に関して非常に意識の高い人で、社員にも健康でいてほしいと今でも常に言ってくれています。社員のためになるならとスタート時に背中を押してもらえたことも非常に大きいです。
もう一つ実施したこととしては、”データでの裏付け”をしました。健康経営という文脈において、健康被害による1人あたりの経済損失額というのがあります。たとえば、首肩コリ持ちだと一人当たり年間約5万円、睡眠不足だと約4万円、腰痛持ちだと約3万円ほどの経済損失があるとのデータもあります。これが社員100人いればかなりの金額に…。健康促進は投資であるという認識を持ってもらう工夫や、アンケートで実際の症状の重さを可視化するなど見える化を意識しました。
ー 実際にどんなことをされたんですか?社員のみなさんは、”立ち止まって”くれたのでしょうか?
社内でコーチングを実施する知見がなかったため、Sansan株式会社で社内コーチを実践されている三橋さんに会いにいきました。この出会いがなければここまで発展していないと思います。
その後、ヘルスケアコーチングとして、導入時期は社内の全員約50名とセッションを実施しました。
コーチングの前には必ずアンケートに答えてもらって、肩こり、腰痛、などの項目と、頻度や重さをヒアリングしたのですが、このアンケートが良い方向に作用してくれました。
自身の健康状況というのはとても身近な存在なので、みなさん割と答えてくれるんですね。
”肩こり”という身近な話題から話し始められたことが、お互いにとってよかったな、と思っています。
いきなり「ストレス溜まってます?」と聞かれるよりも「最近肩こりが辛いんですよね、なんでかって?最近仕事でストレスが…」と一つクッションを挟む方が人は話しやすいんだなと。笑 心身一如、心と体は繋がっていますので両面からのアプローチの重要性を改めて感じました。
また、この場所は、”宣言の場”になるので、実際に10kg減量された方もいました。笑
このヘルスケアコーチングは半年続いて、約80%の方に継続利用されました。一旦、社内の制度としては終了しましたが、この活動は価値があるものだと社内で認められ、今後は形を変えて事業化していくことになりました。
これからの時代に求められる”ダメな自分を見せられる場所”
ー 社内でコーチングを展開されて感じた、これからの時代に求められる”場所”はどのようなものでしょうか?
半年間やってきて思ったのは、サードプレイスとしての場所が必要だなと思いました。
業務のことではないことが話せる、素でいられる、ダメな自分を見せられる場所。業務以外のコミュニケーションができて、感情を大切に扱われて、しんどい時にしんどいと言える場所は大事だなと思います。
僕の場合は、”健康”がきっかけで話しやすかったですね。健康は悪いところ見せられるんですよ。「腰痛い」「ストレスを感じている」とか。ヘルスケアコーチングで大事にしていたのは、基本的にネクストアクションは本人に決めてもらう、ということです。求められているアドバイスは知見をもとにしますが、社員の健康目標や行動目標を僕が決めるということはしませんでした。とにかく、利害関係なく、話せる場所を提供していました。
ー 早川さんの今後についてお聞かせください。
心身ともに健康で幸せを感じられる、クライアントがのぞむパフォーマンスが最大限発揮できるようお手伝いをしたい、と強く思っています。
半年、社内で学んできたことを、今度は形を変えて、産業医の方と協業していく予定です。
従業員数が50名を超える企業は、法令として産業医を選任する義務があるのですが、調べれば調べるほど僕たちのようなコメディカル(医師の指示の下に業務を行う医療従事者)が企業の健康にお役に立てる場面が多いのではないかと思いました。産業医のみなさんもエビデンスがあるものしか提言できなかったり制約があったり、逆に実際に現場から上がってくる質問や課題はドクター領域ではない質問も多かったりという難しさがあります。ウェルネスの現場にいた自分だからこそできる、産業医と現場の繋ぎこみをやっていきたいと考えています。
ー 早川さんと同じように、コーチングを社内に展開したいと考えている方へメッセージをお願いします。
”制度”という大きなものを動かすことを考えるより、まずいま一番困っている人を助けるといいかもしれません。きっと、そういう想いを持つということは、社内に助けたい、サポートしたい”誰か”の顔が思い浮かんでいるはずです。まずはその人に提供することから始めてみる。水面に一滴垂らすことできっと何かしらの波紋が生まれはず、という感覚で広げていけたらいいのではないかなと思っています。
インタビュー:荒井智子
ライティング:樗木亜子
早川さんの人生の出来事が、瞬間、瞬間でクリックされて、いまに繋がっていることを感じました。社内にいる「あの人を助けたい」という気持ちが、結果的に全社に広がっていった。人を突き動かす動機は、実はとてもシンプルなものだったりしますね。