これまでガイアックスは多くの起業家を輩出してきており、現在ではその組織自体がスタートアップスタジオとして機能しています。起業を企てる起業家やその候補者が入社や投資を受けるために集まっており、また、それらの起業をサポートできるプロフェッショナルも多数、在籍しています。
今回インタビューしたのは、ガイアックスの卒業生でもある、株式会社TRUSTDOCK代表取締役の千葉孝浩(ちば たかひろ)さん。千葉さんは大学では建築を学び、卒業後は漫画家の道(!)へと進み、ガイアックスへ転職されたというユニークな経歴の持ち主です。前半のブログでは、千葉さんの学生時代のお話や、ガイアックスで経験したことについてお聞きしていきました。後半は、TRUSTDOCK誕生の背景や今後のビジョンについてお届けします。
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千葉 孝浩
株式会社ガイアックスでR&D「シェアリングエコノミー×ブロックチェーン」でのデジタルID研究の結果を基に、日本初のe-KYC/本人確認API「TRUSTDOCK」を事業展開、そして公的個人認証とeKYCに両対応したデジタル身分証アプリと、各種法規制に対応したKYC業務のAPIインフラを提供するKYCの専門機関として独立。フィンテックやシェアサービスのeKYCをはじめ、行政手続きや公営ギャンブルなど、あらゆる業界業種のKYCを、24時間365日運用しているクラウド型KYCサービス。さらには本人確認だけでなく、銀行口座確認や、法人在籍確認、マイナンバー取得など、社会のデジタル化に必要なプロセスも全て提供し、デジタル・ガバメント構築を民間から支援している。経産省のオンラインでの身元確認の研究会での委員や、金融庁主催イベントにて、デジタルIDでの登壇など、KYC・デジタルアイデンティティ分野での登壇・講演活動多数。
前編のブログはこちら: 会社づくりもデザインの一環、漫画家の道から起業家へ
失敗を繰り返して磨かれた直感が、TRUSTDOCKにGOサインを出した
ー もともと経営者になりたいという思いがあったのでしょうか?
大学を卒業してから個人で仕事をしていたこともあって、起業すること自体は大それたことではないと思っていたんですよね。町の八百屋や魚屋と同じ感覚なので、なぜIT業界では起業が一大イベントのように扱われるのかなと、今でも不思議に思います(笑)
事業がレベルアップしていき、「法人化する必要があればする」くらいに考えていました。
私はモノ作りが大好きなので、何でも自分で作ってみたいんですよね。組織や事業を作ることもデザインの一環だと思っていて、作るものがハードだろうとソフトだろうと概念だろうと、デザインというドメイン自体にはずっと軸足を置いていると思っています。
社長になることを目指していたわけではなく、中身を問わず「事業を作りたい」という思いがありました。事業を作るにあたって200%注力できる役割であればいいかなと思っていて、それが今はたまたまこのCEOというポジションになっています。
私は組織をピラミッドではなくサッカーのように捉えていて、フォワードが偉いわけでもミッドフィルダーが偉いわけでもなく、フォーメーションによって色々と組み替えていくものだと思っているんです。それぞれの役割があるだけで、社長には社長の役割があるだけなんですよ。
ー どのような経緯でTRUSTDOCKの事業アイディアに辿り着いたのでしょうか?
アイディアがどうかというよりも、重要なのは課題があって、解決策として適している製品かどうかです。リーンに仮説検証していく中で、最初のKPIを超えたら、次のフェーズに進みます。そのフェーズのKPIも超えたら、その次と。フェーズごとに検証する中で、TRUSTDOCKは自然とお客様に求められるサービスに成長していきました。
もともとTRUSTDOCK自体は、ガイアックスのR&D部(事業領域に関する研究や新技術の開発を行う)での研究テーマが種になっています。ガイアックスはシェアリングエコノミーやソーシャルメディアの領域で事業をしていますが、例えばCtoCで家事代行などのサービスを利用するとき、利用する側も提供する側も、相手が見えないので最初が怖いと思うんです。その時に身元を保証する物があれば、信頼感が生まれますよね。そのようなサービスを利用する際のゼロ→イチ問題を解決するために、ブロックチェーンでデジタルIDを作るような研究開発がされていたことが背景としてあります。そして、その後、API経由で本人確認するサービスをセットアップ中でした。
ただ、私は最初「これって、顧客ニーズに合ってないのでは?」と少し慎重で。なぜかというと、今のCOOの菊池さんが当時、私が投資先に出向していた事業部に、一度、提案しにきたんです。その時の私は「いや、これは導入できないかも。」と断りました(笑)
その当時、私が管轄していた事業では、身元確認だけでなく、他にもいろいろ確認する項目があったので、身元確認だけアウトソースしても部分最適なので、どうせなら他の項目の確認もして欲しかったからです。その後、投資先から戻ってきて、このサービスの事業化の話になった時に、その実体験もあったので、ちゃんとリーンに仮説検証しようと思いました。
全部の打ち合わせに同行させてもらって、ユーザーインタビューをして見込み顧客と話す中で、ちゃんと現場に課題があることを手触りとして感じ、課題に対してプロダクトフィットしているケースがあるのだと腹落ちしたんです。そして、周辺の顧客課題も含め、プロダクトとしての進化の方向と、何を言語化しなくちゃいけないのか等、事業化にあたっての足りないピースも想像がつきました。
新規事業には、冷静と情熱の両方が重要なので、その時に仮説検証の腹落ちをしていなければ、事業化していなかったかもしれません。
私は意思決定時においては直感ってとても重要だと思っているんですよ。
直感は、意思決定を何度も繰り返して、意思決定にかかる時間がミニマムになった瞬間に直感になるのだと思います。それまでに何度も新規事業を失敗したからこそ、私の直感の精度も上がっているはずです。
数多くの新規事業の仮説検証を繰り返して、失敗して、泣く思いで撤退するうちに、顧客が深く感じている課題にフィットしているかという感覚の解像度が高くなっているイメージでしょうか。逆に、そこまでの失敗の経験や、勇気ある撤退を繰り返してなければ、直感の精度も甘くなり、「事業になる」とわからなかったかもしれません。
全員で「財布から身分証をなくす」というスローガンに向かって走る
ー ガイアックスを出て自分たちの会社になったことで、変わったことはありますか?
「パブリックカンパニー」である意識がさらに強まったことが、一番の変化です。
TRUSTDOCKのeKYCのプロダクトは、業種や企業規模問わず、あらゆる企業様から求めていただいています。eKYCの問題が解決すれば、事業が一気に推進できるというボトルネックでもあります。さらには、個人情報という私たちのような生活者にとっても大切な情報を扱っています。ガイアックスに在籍していた当時からこの意識はありましたが、TRUSTDOCKとして独立してから企業様の声を多くいただくことで、「パブリックカンパニー」である意識は全社に浸透しはじめています。
そして今は、私を含めた経営陣たちの「ファウンダーの色を薄めていき、新しいTRUSTDOCKとしての文化を作るフェーズ」に入りました。
すでに設立当初のガイアックス出身者が多い状況からは変わっていますが、マネージメント層においても、外部から積極的に採用して多様性を高めていきたいと考えています。
「営業責任者」に「セキュリティ担当者」「財務責任者」といったマネージメントクラスの人材を迎え入れらる状態も整ってきました。多様性のある組織をつくることで、TRUSTDOCKはさらにパブリックな社会インフラになっていくでしょう。
ー 菊池さん(株式会社TRUSTDOCK取締役COO)や肥後さん(株式会社TRUSTDOCK取締役)はガイアックスの古株メンバーでもありますよね。
そうですね。菊池さんや肥後さんが作ったTRUSTDOCKの種を、私が事業化して、チームで丸ごとカーブアウトした流れです。
肥後さんは当時ガイアックスの執行役でCTOをされていましたし、菊池さんも荘野さんも、私からしたら本当にエース級のエンジニアチームです。エース揃いのチームを連れていって大丈夫かなと、一瞬、思いましたが、上が抜けると下が育つので、ガイアックスにとっても正しい新陳代謝なのではないでしょうか。
チームが丸ごと卒業することは、なかなかできることではないと思いますが、それを何度もやっているガイアックスは変わった会社ですよね(笑)
代表の私だけではなくて、一緒に5名でカーブアウトしたんですけど、普通の会社なら転籍を迷う方もいるんじゃないでしょうか。でもガイアックスのメンバーの場合は、何の躊躇いもなく、チームで独立することが当たり前という空気がありますよね。
ー 事業を作ることと、社長をやることは違いますか?
経営者になってみて、意思決定をすること自体はそれまでと大きな違いは感じていません。その中で違いがあるとすれば、より意思決定の質と量に対しての持ち時間や待ち時間がどんどん減っていっていると感じています。代表は一番の殿(しんがり:後退する部隊の中で最後尾の箇所を担当する部隊)なので、将棋や囲碁に例えると、一手も打ち間違えられないことをしている感覚です。「あの一手が勝負所だったよね」という話が、いつもどこかで行われている感覚があって、常に今回の一手がどういう一手なのかを高速で計算して意思決定をしなければいけない。色々と経験する中で、意思決定の質と量とスピードを上げていくことを繰り返しています。それでも一人の人間の経験はたかが知れているので、私だけじゃなく、菊池さんや肥後さんも含めた経営陣で話をして皆で意思決定の質と量とスピードを上げていくことも大切だと思っています。まだ見ぬ未来の経営陣の方々とも。
そもそも事業を作ることにおいて、役職名は何だっていいと思いますよ。代表であろうと他のポジションであろうと、覚悟を持ってやっているはずだと思うんですよ。
ただフェーズが進んでいくにつれて、求められる自分のストレッチしなければいけない部分は、その役割によって色々と出てくると思います。私の場合は今は経営者としてのストレッチを非常に楽しんでいます。日々、成長痛を感じていますね(笑)
ー 今後はどのようなビジョンを描いていますか?
私達は社会インフラになるためにトライしているんです。
市場のシェアを取るだけが最大の目的ではなく、電気・ガス・水道のように、デジタルアイデンティティによる社会インフラを国内外問わずに作りにいくことをゴールにしていて。それは、「社会インフラになる」という山頂に向かって淡々と山を登っているイメージです。
eKYC(オンラインでの本人確認)が簡単にできるようになったら、その上に色々なサービスを作れると思うんです。今も様々なスタートアップや大企業の裏側で我々が本人確認を代行しています。私達のeKYCを利用したお客様のサービスがスケールアップしていくのが本当に嬉しい。自分達の事業ではなくても、我がコトのような気持ちになるんです。導入企業の皆さんと供に、社会のデジタル化に貢献している気分になります。
今後もどんどん、eKYCが必要で法規制にも対応しなくてはならない領域のビジネスに、迅速に対応できるeKYCのインフラになりたいです。
そのためには10〜20年くらいはかかると思っていますが、新型コロナの影響で未来が加速して近づいてきている感じもします。オンライン・非対面で手続きや取引をしなければいけない場面が増えていて、それに伴ってeKYC(オンラインでの本人確認)が必要な状況も増えている。例えば、オンライン教育のGIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクールが始まれば、試験の替え玉問題や代返問題などが出てきて、いずれ本人確認に行き着くと思うんですよ。オンライン医療も花開きつつありますが、医者と患者の信頼を担保する必要があります。もう少し先の話だと相続や、選挙の投票もオンラインでできるようになった場合など、様々なシーンで本人性を担保しなければいけないとなった時に、多種多様なeKYCソリューションを提供していきたいですね。
今の日本は新型コロナのせいで、黒船などの外圧が来て変わらざるを得ない幕末のようなフェーズだと思っていて。江戸の大地震から大政奉還までの期間が10年ちょいだったように、デジタル化の幕末においてはこの2020年代の10年間で、令和時代の色々な経済・社会の行く末が決まるんじゃないでしょうか。
私個人のビジョンとしては、多分ずっとTRUSTDOCK社をやっていると思います。私自身も新規事業が大好きなので、いつかは私もTRUSTDOCKのインフラを使って、様々な事業を色々と展開しているかもしれません。事業案を思い付いたら、いつもGmailの下書きに書いているんですよ。あとは絵や漫画を描くのが好きなので、老後に起業家の漫画でも描こうかな(笑)
もしかしたら今は、人生をかけて漫画のための大いなる取材をしている最中かもしれません。色々なハードシングスを経験してきてネタはたくさんあるので、話のエピソードには事欠かないですね。いい漫画が描けそうです(笑)
全力で楽しんで取り組み、経験を財産にしていく
ー 最後にメッセージをお願いします
仕事で成果を出すための「血肉になる経験値」とは、「最後の行程までやりきること」を何回経験するかが大切だと思います。
塗り絵を始めたら、汚くてもハミ出してもいいから、最後まで塗り終えること。中途半端にやめてしまうと結局それは経験値にならないので、不完全でもいいから、最初から最後までやりきること。特に経験が少ない若いうちは、役割やポジションを問わずに目先の仕事を全力で「やりきる」ことが重要だと思います。それを繰り返すほど、その工程が当たり前の所作になり、次の未知なる業務に集中できる。そうすれば、自覚がなくても色々なビジネス力が上がっていくと考えています。目の前の仕事への意識の高さは必要ですが、何者かになりたい的な意識の高さはいりません。四の五の言わずに実行できる人しか、本気で社会課題には立ち向かえません。
私は楽しく全力で取り組んで、全力で挫折してきたんですよね。全力で取り組まないと全力の挫折はないと思っていて、全力の挫折は大きな財産になると思っています。
私が経営者の先輩に言われて印象的だった言葉は「諦めと見極めは違う」ということです。諦めるんじゃなく、正しく見極めなさいと。諦めは悔いが残りますが、見極めというのは、色々な状況において自分でAとBを判断することができて、AではなくBを選択するということです。自分で自分の人生をコントロールするということは、どれだけ自分で見極めて生きているかということです。全力でやりきることで諦めるではなく、見極めるマインドが身に付いていくので、もしチャレンジしたいことがあるならチャレンジして、常に全力を出し続けるべきです。そうすれば、結果を問わず、次のステージにいけると考えています。
ー ありがとうございました!
千葉さん自身が全力を出し続けているからこそ、発せられるメッセージは中身がみっちりと詰まっている感じがして、ズシンと響きました!これから何かにチャレンジしようとしている方や、今まさにチャレンジしているという方に届きますように!
このインタビュー記事の動画も是非ご覧ください
Vision Notes Episode 6 – 株式会社TRUSTDOCK 代表取締役 千葉孝浩
『漫画家志望からベンチャーに転職し、社長になった人の物語』